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物言わぬひと

 わたしはわたしを持つひとびとを愛していた。
 だってわたしの旦那さまは尊い方なのだ。ローマにいた時分からわたしはそれを知っていた、なにしろわたしを旦那さまに売った商人からしてそれを言っていて、わたしはどうやらいい家に買われたのだと、そのときにはそればかり思っていた。
 わたしはまだ子供で、奥さまのお手伝いをすることならばいくらかできるけれども、ご子息お嬢様のお世話ともなると、それはまったく成り立たない。なぜそんなものを買ったのかと言うと、旦那さまがそうすると言ったのだという。母親から引き離されたわたしが他の奴隷たちと混じって市場に立ちつくしているのを、旦那さまは赤い縁取りの市民服を着て屋敷へと帰る中途に見つけたのだ。
 旦那さまはたくさんのお金を持っていたけれども、奴隷の数は足りていたし、家中にあって子を産む奴隷だっているのだから、子供を買う必要なんてなかった。それでも買った、このことをどう考えるべきかをわたしは知らなかった。奴隷たちをまとめる役をやっている、ギリシア人で奴隷のなかでは値が張り賢い男は、どうにも気の毒そうにわたしを見ていた。彼の言うには、旦那さまはそういうところがおありになる。どういうところか、尋ねたことはない。
 それから幾年か大人の奴隷たちと一緒に、奥さまの指示を守って暮らした。奥さまはことによると旦那さまよりもずっと尊いようにわたしには思われる。どうしてと言ったら、奥さまはいつも微笑んでいらしたからだ。わたしは字を書くのも読むのも知らない、自分の生まれた土地がどこにあるのだかも知らないのに、奥さまはわたしに微笑んで、一生懸命でいれば悪いことは起こらないわと言った。この言葉がなんて尊いことかと思ったのは、一生懸命に水を汲み野菜を運び洗濯をするうちに、わたしに読み書きを教えようということになったから、当然だった。悪いことは起こらないばかりか、よいことがあり、わたしは奥さまによく似たお嬢様のそばで、街の中で暮らすのに困らないだけのことを教えてもらったのだった。
 お嬢様はおふたり、とてもかわいらしく、どうやらとても賢い。末のお嬢様はわたしがこの家にやってきた後に生まれた。ふたりとも奴隷が同じ部屋にいても嫌な顔をしなかったし、わたしが何か言うと、きちんと目を向けてそれを聞き、よいと思ったことも悪いと思ったことも、優しいやり方で口にした。ご子息もおふたりいらっしゃったのだけれども、わたしは彼らとは関り合いにならなかった。どちらも大人のトガを着ていたし、ご長男はとても身体が弱くて、わたしのようなものが近づくとそれだけで病気になるのだと、わたしも含めてみな信じていた。節だった指には何かがへばりついているような気がして、申し訳なくなってそのひととすれ違うときには誰にするよりも深く頭を下げていた。
 旦那さまがそうしたご家族のうち奥さまとお嬢様たちとを連れてローマを離れたのは、末のお嬢様がみっつになった頃のことで、わたしはそれについていくことになった。幼いお嬢様が、そう言ってくだすったのだ。馴染みのものがいないのは悲しいと言ってわたしの手をとった、柔らかく、小さな、尊いばかりの両手だった。文字を覚えたりするには早すぎる年頃であろうと机に座っているお嬢様だったから、わたしが嬉しくなって顔を伏せていると、よくよく内心を汲み取って手を強く握ってくださった。父母にこのうえなく愛される末っ子のわがままだから叶わぬはずもなく、ローマを離れ、リテルヌムというところにわたしは移った。田舎らしいその風景、海を近くに望み、そこからの海賊に対して目を光らせるための塔が四隅に建てられた壁に囲まれた別荘を見て、なつかしいような気がした。わたしはきっと田舎で生まれたのだろうと思う。ローマのようなごみごみとした、人がたくさんいて、いろいろなものがあって、わたしの想像できるかぎりいちばん忙しい場所には、わたしの知っているものがないのだ。
 旦那さまがどうしてリテルヌムに移り、それまではあまり熱心でなかった土いじりを日課にしはじめたのかをわたしは知らない。知らないでいいことは耳に入ってこなかったので、わたしが知るべきことではなかったのだろう。よいことがあったわけではないのだと、それはみな知っていて、わたしも旦那さまが調子の良くない身体をそんな風に用いるのが、どうにも不安だった。
 わたしが背も伸び、かんたんな読み書きを覚えてお嬢様と机を並べなくなると、奥さまがわたしを呼ぶことが増えた。この別荘に来てからの奥さまはどこか楽しげであったけれど、それは旦那さまが奥さまの心を占めていない間のことなのだとわたしはいつの間にか心得ていた。一緒になって針仕事をしているとき、奥さまはそれを身につける彼女の子供たちに思いを馳せて目元を和ませた。軍隊に入るのもままならない長子の生まれた時から手にしたことのない健康を、自分が奪ったのだと彼女は心の底から信じ込んでいて、それだから奥さまは彼のための針仕事となると指の疲れることも知らない。ふたりめの男の子が頑強とは言えなくとも父親とともに戦争に出た数年前のことを大切に語り、令名ある婚約者を得ているお嬢様方のことに及べばその言葉はまるで、彼女自身が幼い少女であるかのように澄み渡っていた。
 だけれども、旦那さまのお話しになると、気の毒がる、あるいは口惜しがるようなことを言う。そういう様子から、ああ、このかたは御自身の旦那さまを愛して差し上げているのだとわたしは思う。
「思い切ったことをしてみて、よかったと思っているのよ」
 田舎に移り住んだことをそういう風に奥さまは言った。つまりはローマから離れたのはよいことだと彼女は言う。旦那さまとともに浜辺に散歩に出ることも、お嬢様に機織りを教えてやることも奥さまの幸せであり、それはここでこそじゅうぶんに満たされる。わたしは贔屓目なしに奥さまが美しいと考えていたし、その容貌がローマを離れてからいくらか瑞々しくさえ見えたのを、ひとつ頷くだけで表そうとした。口数の少ない奴隷はよい奴隷なのだと教わってからわたしはなんにも言わないで頷いているのが好きだ。そのとき縫っていた服をあなたのものだと奥さまが言ったとき、真新しい布を抱きしめたままわたしは呆然として、ありがとうございますとも言えなかった。口走ったのは忘れきっていたはずのもともとの自分の言葉で、ふたりしてぽかんとして、奥さまが微笑んだのでわたしは頭を下げた。
 主人たちの食事が終わりその日の仕事が終わると奴隷はすぐに眠る。呼びつけられたときすぐに用命を受けられるように起きているものもあったけれども、わたしは朝日の昇るより先に起きて仕事をしなくてはいけないから眠るほうだった。
 奥さまがくださった服を枕元に置いて眠る用意を整えたときに、わたしに声をかける人があった。旦那さまだった。奴隷は一人部屋など持たないからそのとき他にも奴隷がいてよかったはずなのに、部屋にはわたししかおらず、わたしは立ち上がってどうしましたかと尋ねた。はじめてその姿を見たときよりもいくらか痩せ、髪もどこか褪せたような旦那さまはそれでも、奥さまとは違う風に美しいのだった。彼はわたしの顔を、暗い部屋でじっと見つめる。イタリアのすべてを震え上がらせた敵に対して勝った将軍であるのに、どこかで少女のごとき軽やかさを隠し持っている。そしてわたしの仕えるひとびとはどこか、美しいだけでない仄暗さを輪郭に染み込ませていた。
 明日の夜、部屋に来るようにと旦那さまは言って、それで、去っていった。わたしは物分かりよく頷いてみせ、その姿の見えなくなるのを待ってから、おかしなことが起こったのに気がついた。深くは考え込まなかった。
 毎日そうであるようにひとつも迷わずに寝入り、正しく目覚めた。どこかで何かが違っているように思ったが、雨が降っていて、それだけの違いにも思えた。そして薄暗い一日はすぐに夜になったのだと思う。その日のことはあまりよく、思い出せないのだ。旦那さまの部屋に行くと旦那さまひとりしかいないことにわたしは驚いて、わたしが旦那さまの部屋と心得ていた場所が、奥さまとの部屋でないことをようやっと知った。そういえば奥さまの部屋といえばお嬢様おふたりの部屋のすぐそばで、どうして思い込むだけ思い込んだきりにしていたのだか、自分を怪しむしかない。
 旦那さまに手招かれて歩き始めたときにやっと考えが至ったことといい、わたしは自分がそうと思うよりずっと鈍い娘であったようだ。健やかなのばかりがとりえの若い娘、それが彼が買った奴隷のいまの有り様だった。わたしはその日まで女の奴隷であることの意味をほんとうは分かっていなくて、目にしたこともなかったから、そればかりは仕方がないと言いたい。旦那さまが帯を解いて肩から床に落としたわたしの服は、奥さまがくださったわたしの服だった。
 物言う道具であるところのわたしは、自分の身体を自分のものとして持ってはおらず、恥じるような気持ちがひとつも湧かなかったのは、もっと嫌なやりかたで衣服を取り上げられた覚えがうっすらとあるからだった。そうしたわたしの感慨に気がつかないのか、旦那さまはばかみたいに自分の顔を見ている奴隷に、いやかい、と、訊かずとも済むことを訊いた。わたしはいやだと言えば自分が殺されるとか、売り払われるとか、ともかくこの美しい人々の持ち物でなくなることを受け入れる必要があるのをちゃんと分かっていたから、なんにも言わなかった。ただ、ひとつだけ、こちらから尋ねたいことがある。あるのだが、それはいけないことかどうか、逡巡した。
「なぜ」とわたしは言ってしまって、旦那さまがその続きを待ってくださるのを知って、なぜわたしを買ったのかを尋ねた。ずっと不思議に思ってきたのは、そのことだけだ。秋の空のようにどこか澄みきれない瞳でもって旦那さまはわたしの、目を見ていた。わたしを見ているのではなかった。そう、そのときにようやっと気付いたのだが、わたしを買ってから旦那さまは一度もわたしを見たことがないのだ。
「おまえは、自分がどこの生まれなのか知らないのだろうね」
 それだけを答えて、もう、旦那さまは私と口を利くのをやめた。
 ひどく痛い思いをしたのに、痛いとも言えないでわたしはまるで嵐を前に諦めきる小舟と同じだった。このままひっくり返ってもいいし、縄が切れて流されてゆくのでもいい、岸に押されてばらばらに砕けるのでも……海を見たのはリテルヌムが初めてではなかったらしい。熱いような気もしたが、それはただ、こうも近づいたことのない他人の熱を殊更に高く思っただけかもしれない。熱いと思うのと同じくらい冷たく、ぞっとするような、得体の知れない心地のなかにわたしがいる。
 いつ自分の寝床に戻ったのかも判然としないで、いつもよりも短い夜をいつもと同じにきちんと眠った。雨がまだ降っていた。
 年長のお嬢様が機を織るそばで、わたしは糸を紡いでいた。規則正しい音が雨音に混じって部屋に響く、とても心地よい時間だとわたしは、心の芯でそう思い、ひたむきなお嬢様の横顔を盗み見る。このかたは自分の旦那さまがどなたかをもう知っていて、自分が奥さまになることがどういうことかを心得ている。いつか同じように機を織り布を縫い、そのたったひとりに合わせた服を拵えるのを甘やかな気持ちで望んでいるのだ。妹のようにずば抜けて聡明なわけではないけれども、何事にも誠実な、そして何事にも細やかでお優しい、その横顔を盗み見ることを私は恥じねばならない。恥じ入り目を逸らさねばならぬのだと揺られる痛みを思い出した。
 部屋に通う。そうするように言いつけられた日にわたしは誰から隠れるのでもなくその部屋の前に立つ。誰もわたしを見つけないままでわたしはその扉をくぐる。けれども昼になればわたしは奥さまの奴隷なのだった。奥さまはわたしのようなものにも優しく、彼女の娘が生真面目に運ぶ手のように彼女の温情はきりがない。なぜあの服を着ないのと奥さまに尋ねられたとき、汚れるのがもったいないのだと答えたとき、それを聞いて奥さまが困ったように微笑まれたとき、どっと汗の吹き出すように、わたしの裡にどろどろと流れるものがある。何を成すでもなくただ渦巻いてどこかに流されて、それは訳のわからないまま私のもとを離れる。リテルヌムにやってきて四年になろうとしていた。
 わたしをそばに置いたまま、旦那さまは時折ほんとうに疲れ切ったように横になることがあった。浅く上下し続ける胸をわたしは見つめ、身動ぐとそのままでと押さえられる手を行き場なく寝台の上に放り出している。旦那さまは、リテルヌムに来るまえから病者なのだ。東方へ赴いた日にはすでに健康を失い、この頃はもう鍬を持つのさえ辛い様子を見せている。わたしは家の中にしかいないから、年嵩の奴隷や主人たち、その友人たちの語る旦那さまの姿を想像もできない。誰も優るもののない光のなかにこの人はいたのだと言う、ならばその光はもう、旦那さまに愛想を尽かしてしまったのだろうか。わたしを買った日にはもう輝いてはいなかった、ただ、旦那さまは美しい人だった。
 浅黒いわたしの肌のうえにあると、その手は白い。顰められた眉が何に耐えようとしているのか悟るのがいやだった。どこかが痛いのかもしれない、苦しいのだろう、なぜ苦しいのだろう、どうすればそれは和らぐだろう? わたしの他にも、この人を知るものならばみな、同じように煩悶する。わたしは奥さまを好いているのと同じように、交わした言葉を数え上げられる旦那さまのことも好いていた。彼は奴隷をぶつような主人ではなく、彼は女を痛めつけるような男ではなく、わたしはそれを知ってしまっていた。日に焼けてすこし色の抜けたわたしの黒い髪、ばさばさとしてまとまりのないそれをときたまに旦那さまは撫でる。白状するといったふうに、わたしにわたしの名を告げたことがあった。わたしは買われる以前、鎖に繋がれた日にはもう自分の名を忘れていたのに。
 小舟に乗せられて、誰かが、網を投げるのを見ている。揺れる小舟の上から身を乗り出しては窘められ、魚の泳ぐのを見ようとまた頭を出して、わたしは海を見ている。網にかかった魚が引き上げられて跳ね回り、生臭いからだを自分で痛めつける。一匹をわたしが捕まえてみると誰かが笑い、わたしはわけもないのに嬉しくなって、その魚を逃がすまいと手に力を入れて、そのせいで海に放り投げてしまう。わたしの名を誰かが呼ぶ、それがわたしのものだと、ついこの間気がついたわたしの名を。
 ともに夢を見ていたのだとわたしは思う。旦那さまは浅く力ない眠りのほかに夜に手に入れるものがなく、わたしはいつも深く強く眠ってきたから知らなかったものを旦那さまに与えられたのだ。ほんのすこし乱れる息遣いに、胸元を掻き毟る気配に、目を覚ましては手を伸ばした。わたしの手を旦那さまは握り、そしてまた、浅瀬を揺蕩う。
 いつの間にかわたしはその部屋に行くことがなくなり、そう多くはない人たちが何度もリテルヌムの別荘に足を運ぶようになり、ご子息たちが呼び寄せられた。末のお嬢様は不安がって姉から離れなくなったが、母を選ばないでいる聡明さがわたしには哀れだった。わたしはただ旦那さまのために品々を揃え部屋を整える奥さまと、別荘に立ち込める気配に気丈に立ち向かおうとするお嬢様たちのために、彼女らの身の回りを世話して回った。旦那さまは眠る時間が増え、それは増え続け、友人たちとずっと、何か明るいことを話している。明るいこととはなにか、わたしは知りもしないのに、部屋のそばを通り過ぎるとき、そこに水の気配のないことに安堵ばかりしていた。
「怖いの」
 幼いお嬢様がそう言って、わたしの手に縋る。家族みな揃って食事をとれないことがいちばん身に堪えている小さな女の子のために、わたしはこっそりと干した果物などをともに口にしていた。甘いものを噛み含むだけでこの年頃にはうんと気が楽になるはずだと思ってのことで、お嬢様はそうやって気を回す奴隷の心情を、きちんと理解できる。家族のなかでもっとも幼いのに、お嬢様は父母の前では泣かなかった。
「怖いの、お父さまがいなくなってしまわれたら、どうなってしまうんだろう」
 わたしに分かることではなく、誰に分かることでもなかった。無花果を手で包んだまま、きちんと揃えた膝の上に乗せて、お嬢様はそれ以上なんにも言わない。思えばこの子は生まれた時からわたしがそばにいたのだ、と思い、わたしはそのそばに膝を付いている自分がこの子のすぐ近くにいるような思いに駆られた。抱きしめてやれたならどんなにかと思った。この子の父がこの子にしてやったように、抱きしめてやることが、わたしにはできるのだから。あの腕は、と思う。あの腕はそういう腕に過ぎなかった。
 ローマには帰りたくないと旦那さまは奥さまに言い、奥さまはそれをきっと守ると約した。ならばこの海の近くに旦那さまは眠るのだ、旦那さまのお父さまも、お祖父さまもいない、この海の音の届く場所に。旦那さまが亡くなったのはそれから間もない、彼が最期まで愛した人々がみな彼のそばにいるときのことだった。
 わたしは、ただぼうぜんと、自分の寝床で膝を抱えた。いっしょになって泣くひとがわたしにはいなかっただけでなく、わたしは旦那さまの死に顔を見たくなかったのだ。
 仕事をしなくてはならないのに、そうやってせかせかと動きまわることさえ許されないのだろうと思った。わたしだけが何もしないでいるのを他の奴隷は何も咎めないで、わたしはそれの意味するところを無視していた。何もしないでいたと言っても、丸一日そうしていただけのことで、日が落ち、また昇り、わたしは起き上がることができる。
 この土地から動きたくはないと旦那さまが言ったから、旦那さまのような人が亡くなったときには決まって行われる葬礼は行われなかった。できないのだから、しようがないことだった。死の床にあった旦那さまよりもよほど儚くかげろうのように佇むご子息は母を支え、妹たちの頭を撫でて、父の友人たちの助けを礼儀正しく受け取る。彼の指示でわたしたち奴隷も働き、女たちは旦那さまのそばでさめざめと泣いた。泣きなさいと言われて泣いたのだから、あれはわたしの泣いたのではなかっただろう。
 あっけないほどの早さで何事も済んでしまって、けれどもわたしはここを離れるとは一度も思わなかった。奥さまはきっとこのリテルヌムが好きなのだし、旦那さまは永遠に、ローマには帰らない。わたしの主人はここにいるのだから、とそればかりのことだ。奥さまがわたしを呼び止め、彼女の部屋に招いたのは、わたしが生まれてこの方感じたことがないほど深い安寧を信じ始めた頃のことだった。
「何も不安に思うことはないわ」
 奥さまは微笑んでいらした。すこしやつれた目元が痛ましかった。わたしは、それがこの別荘についての言葉だと思って奥さまの顔を見ていたが、ふと、解けるようにして奥さまが微笑む力をなくすと、そうでないと分からなくてはならなかった。
「あなたを解放するよう、プブリウスに話してあります。あなたを任せるのにじゅうぶんな、この家に昔いた男性にも相談をしてあります。だからなにも心配することはないの」
 冷水をかけられたようにして、わたしは息ができなくなった。椅子に腰掛けている奥さまはわたしの腕をそっと撫でて、大丈夫よと言った。奥さまは深く、深く悲しんでいてーー哀れに思っている。
「ありがとう、ごめんなさいね」
 御存知だったのだ。わたしがこの人にだけは隠そうとしたことも、わたしが決まってあの服を着て部屋へ通ったのも。それを思いわたしは息もできないのに、涙があふれることもないのに、奥さまには分かってしまう。わたしは詫びられることなどないのだと言ってはいけない。わたしは礼を言われるいわれがないと思ってはいけない。わたしは物言う道具であるから、わたしが守らなければならないの奥さまであって、奥さまが愛されているということであって、奥さまが愛しているということなのだ。奥さまと旦那さまがよいおふたりであるほどにわたしは嬉しく、そう、誇らしかった。それがわたしの何もかもだった。
 わたしはただ奥さまに許してほしいと言った。許してくださいとわたしがほとんど蹲って請い願うのを、奥さまはただ見つめてくださっていた。許してください、許してください、そう叫ぶうちに、わたしは何かしらの罪を犯したのだとわたしは決めることができた。それだからここにいてはいけないのだと、そうして諦めることができた。わたしはわたしを買った人々のことをほんとうに愛していたから、そうでなくてはいけなかった。
 わたしはそれきり海のそばには暮らさなかった。ごみごみとして煩くてかなわない、大きな街のなかで暮らした。だけれどもわたしはときおり夢を見て、そうしたとき、わたしはほんとうは誰であるのかを思い出すのだった。

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