膝に乗せた子供は思っていたよりもずっと軽かったが、生温く、ぐんにゃりしていて、強く腕を回すわけにもいかないからスキピオは彼女が大人しくしていてくれることばかり念じていた。
誕生祝いに招かれ腕に抱いた時にはそれが母や乳母の腕でないことに泣くだけの赤子だったのに、センプロニアはもう髪を伸ばして、心があるのが分かる目をしている。
書き物をしているコルネリアの手元を見つめるのに夢中で、自分が座っているのが父の膝ではないことには気が付かない様子だった。父親のグラックスと同じ緑がかった黒髪と瞳の色、母親と同じように大きなつくりの眼を、不思議な気持ちでスキピオは見る。子供というのは、どこの子もこういうものらしいと。
その日この邸を訪れたのはただ、長く訪ねていないことをグラックスに言われたからでしかなかった。もっとたくさん会いに来てくれると妻も娘も喜ぶのにと、壮年さえ過ぎた男はそれでも溌剌として笑ったものだ。
「かあさま」
先程まで微睡んでいて、まだすこし眠たいのか、センプロニアの声はふにゃふにゃしていた。この柔らかすぎる手足と同じだ。コルネリアは娘の声に目を向けないまま返事をした、それが娘の不興を買うと分かっているのに。
「……とうさま?」
首を反らせてみて、そこにいるのが父親でないことに気が付いた幼子の顔は、有り体に言うと面白かった。
「…………」
「……お父上は、すぐ戻ってこられるよ」
「………………」
特段、スキピオのために場を設けるとか、そういう日ではなかった。この一家が些事に煩わされない日を選んで顔を見せただけだ。グラックスととりとめのないことを話していると前触れ無くコルネリアに眠っている彼女の娘を預けられて、いつの間にやらグラックスはいなくなっていて、いま、センプロニアは──きっと彼女にとっては初めて見る人間の顔に戸惑っている。
「センプロニア。プブリウスとはお会いしたことがあるでしょう?」
娘が泣き出すより先に、コルネリアはそう言って腕を伸ばした。うっすら汗ばんだ額に張り付いた前髪を払ってやりながら、首を傾げる。無言でいくばくか見つめ合う、その間に二人が何を交わし合ったのだか、スキピオは早くセンプロニアを抱き上げてやってくれないだろうかと眉を下げていた。重いより何より膝が熱い。
あと五年もある、と言ってコルネリアが瞳を輝かせてから、もう十年近く経っていた。あの頃の自分もこんなに体温が高かったなら、大人たちに膝に乗せろ抱き上げろと強請るものではなかった。
「ぷぶりうす?」
「ああ、違うの。スキピオさま、とお呼びするのよ」
またスキピオを見上げたセンプロニアが柔くはにかむ。いい子だな、と思った。ひどい人見知りをする子供ではないらしいとも。
こんにちはと言えばこんにちはと返して、幼子はスキピオがもっと喋るのを待つ。
「……ええっと」
けれどもスキピオはセンプロニアに尋ねたいことや話したいことなんてなかったから、窮した。共に過ごすうちに自然と親しんでいた異母妹とは違う相手だ、何をして遊ぶものだかも分からない。コルネリアは、と思いかけて、この子が神代の英雄になりきって喜んでいるはずもなかろうと記憶を掘り返すのをやめた。
センプロニアはじっとしている。そして明らかに不審がっている。ゆるく回した腕のぎこちなさと相俟って、居心地が悪い思いをさせているかもしれなかった。
センプロニアが口をもぐもぐさせてから小さな手で自分の膝を叩き始めると、一定のリズムで、軽い音がした。
「スキピオさまは何しにきたの?」
「遊びに……」
「あそぶの? とうさまと?」
「グラックス様とは、いや、遊ばないかな……?」
「センプロニアと?」
スキピオが何度も頷くと、なるほどなという顔でセンプロニアも頷いた。そうだと思っていたのよ、なんて声が聞こえそうな横顔。
「おままごとする?」
それなら知っている、分かるぞ、とスキピオは安堵し、是非ともと答えた。立て続けに生まれた腹違いの弟妹たちと多種多様のごっこ遊びをしたのはさほど昔のことではない。末の妹がそうした遊びを卒業してしまってからは遠ざかっていたけれど、センプロニアが抱えてきたおままごと道具は妹たちのものと殆ど同じだった。
どうやら家令といろいろな話し合いをしていたらしいグラックスが部屋に戻った時、彼は機嫌よく木作りの包丁を握る娘に目を丸くした。「珍しいな」と言って、小さな椀を手に料理の完成を待つスキピオの視線に気が付くとコルネリアのそばに腰を落ち着ける。
「大人の男にはあまり懐かないんだ。まあそれがこの年頃なら普通らしいが」
「プブリウスはまだ大人と言うほどじゃありませんもの。ねえセンプロニア、だんなさまに何を作ってあげてるの?」
「えっ」
「おかゆ!」
絨毯の上にぺたりと座ったセンプロニアはだんだんと元気よくまな板を叩く。何を切っているんだろう、そのおかゆって、麦のほかに何が入ってるんだろう。
「君がだんなさま?」
「おままごとですから……」
顰め面をしたグラックスは、このひとり娘をそれこそ目に入れても痛くないという可愛がりようだった。傍らの歳若い妻を慈しむのと同じに、長い時間をかけてやっと手に入れたものだからでもある。その父親に睨まれたのでは堪らないと、スキピオはほんのすこしの粥しか入らないだろう椀を手の内で弄ぶ。同じく子煩悩の父は妹の婚約者を決めるのに苦心して、上の妹だけは彼が認めた心根のまっすぐな男と添わせることに決めたが。下の妹はまだ何も決まっていなかった。
何かを切り続けているセンプロニアは、既にコルネリアがグラックスと婚約した齢になっている。いつ決めても早すぎるということはない話題だが、スキピオがここで出すものでもない。
それに、と思う。誰もそんな色は見せないけれど、彼らはふたりめの子供を亡くして日が浅かった。グラックスがスキピオを招いた理由のうちにそれもあったかもしれない。生まれた子供は数日も生き延びなかった。男の子だったと聞いている。
「でも、そうだな」不意に言い、グラックスが笑むと、その顔はどこか娘に似ていた。「君は優しいからね」
しばしば彼はそう言って、スキピオが困り顔ともはにかみ顔ともとれる曖昧なやり方で笑うのを、一体どう思っているのだろう。
スキピオから椀を奪い取ったセンプロニアがまな板の上の何かをそこに流し込むふりをする。煮ていないんだねとか作り方を実は知らないのかとか、言ってみたかったが、いつかそうして妹を泣かせたことを思い出した。
「ありがとう」
そうしてまた戻ってきた椀の中身を啜る真似をすると、センプロニアはその様子をじっと、目を大きくして見つめる。こんなに大きくて、多くの光を集める瞳だのに、いくら見返しても考えが読めなかった。おいしいと言ってやると柔らかい頬を持ち上げてはにかむ。まな板も包丁も床に放ったまま転げるような足取りでスキピオのもとに走り寄り、小さな身体が膝に取り付いた
腕の下に手を差し入れて抱き上げてやりながら、スキピオはゆらゆらと忙しないセンプロニアの眼差しに首を傾げた。
「お父上のところじゃなくていいの?」
おままごとだって、本当は両親としたかったのではないだろうか。先ほどと違って横向きに膝に落ち着いたセンプロニアは自分の髪をくるくると弄りながら縦にとも横にともつかない方向に首を振った。
「いいの。あのね、お耳かして」
「うん?」
「あのね、……」
屈んだスキピオの耳元で囁かれたのは手の中でくぐもり、吐息に紛れそうな声だった。顔を上げて自分をまじまじと見つめる相手に、センプロニアは目を細める──さっきとは違う笑い方だということくらいは分かった。
返す言葉を探すのを早々に諦め、幼く細い髪を撫で付けてからそこにくちづけてやると、彼女ははじめて声を立てて笑った。こちらを睨んでいるか、怒った顔をコルネリアに向けているだろうグラックスを見ないようにしながら、胸に頭を預けてくる身体を抱き直す。膝の上がぽかぽかとして、子供の身体はやはり捉えどころがない。
また微睡みはじめた娘をコルネリアが寝室に連れて行こうとしたとき、小さな手がしっかりとスキピオの服を握り締めていたから、今度こそグラックスから圧力を感じないではいられなかったが。嬉しかった、とスキピオは思う。自分の手のひらに収まってしまう本当にちっぽけな手がそれでも引き剥がすのを躊躇わす確かさで、そこにあるのが嬉しかった。
「それで?」
ペンを器用に回しながら言った少年の態度は恐ろしく悪い。しかし机の上に乗せられた足を払いのけるように下ろさせながら、スキピオは「それでって?」と返してやった。
「だから、何て言われたのさ、センプロニアに」
「何でもいいでしょう、秘密だよ。ヒスパヌス、それよりも君は自分の足を気にかけた方がいい」
「気にかけてやってるんだけどね」
下ろしても下ろしても行儀悪く机に足を乗せたり椅子の上に片膝をつくのは自分を舐めてかかっているからだ……ということくらい、スキピオは分かっていた。このスキピオ家に属する少年は父親代わりの前ではそんな振る舞いをしないのだから。
その父親代わり、ナシカに言われてでなくては、こうして顔を突き合わせるのは御免だと互いに内心では思ってもいる。ヒスパヌスはスキピオより年少ではあるが、ナシカの実子と同じく親類のなかでは一緒くたに扱われる存在だった。末弟と同い年だ、そう思えば可愛いかと思ったこともあったが、そうでもない。
「なぜちゃんと作文の宿題をしないんだい」
ふんと鼻を鳴らすのはばつが悪いからか、やっと足を床につけたヒスパヌスは何も答えない。いつもならば家庭教師か、兄弟のように育てられているセラピオから苦言を貰うのに、何故今日に限ってはお前なのだと言いたいのだろう。同じ家の人間だと言ったところで、ヒスパヌスに限って言えば血縁がなくスキピオとしてもどう扱うべきか分からなかった。
机の上にいくつか置かれた蝋板を眺めてみれば、及第点と言ってもいい作文が刻まれている。できないわけではないが真面目な生徒であろうとはしない、というのでは、褒めてやれないが。
「勉強は嫌い?」
「別に、ふつう」
「そうだろうね。丁寧に書いてあるもの。……そういうのは子供っぽいよ」
「何がさ」
心底訝しんだその顔に誰かの面影を見出すことはできない。スキピオや兄のファビウスは時折、祖父の面影があると言われて少し困ることがあった。同じように、スキピオはこの子がどこから来たのかを知らない。見たことがない。
「比べられると見劣りするのが嫌なら、杞憂だ」
スキピオの手にある蝋板のひとつはヒスパヌスの刻んだもの、もう片方はセラピオの刻んだものだった。そもそも出されている課題が違っていて、必要となる技巧も知識も違うから、はっきりと比べることはできない。どちらも歳相応か、それ以上か。ナシカの手元にいる少年たちの文章として恥ずべきものでは全くなかった。
ヒスパヌスは暫くの間、スキピオの言ったことを飲み込めないでいるようだった。その容貌の中で大きく開かれている目がぱちりと瞬き、その暗い緑はナシカの家の者に似た色だとふと気が付いた。
「──おまえじゃあるまいし」
蝋板がひったくられて、スキピオは両手を机の上に重ねる。
「なんだよ見劣りって、嫌味かよ」
「杞憂だって言ったんだよ。君はちゃんと書けているから、なんならナシカ様の前で読んだっていいくらいだ」
「おまえんちじゃそうしてたわけ?」
「どっちの話?」
「そりゃ、……おまえんちさ」
パウルスの話だろう。兄と揃って毎日勉強していたのはあの家にいた頃のことだから、確かに、書いたものは父に読んでもらっていた。第一の教師が父親であるのだから当然だろうに、何をそう怒ることがあるのか。
ナシカはただ、ヒスパヌスが勉学に飽き始めているから発破をかけろとスキピオに言ったのだ。見たところ飽きている様子も、あるいはついていけなくなっている様子もないのに、彼の人にはそう見えているということだ。それこそ読んでやればいい。ヒスパヌスはまだ幼くて、褒めてくれと強請っても許される。
聞き取れないような曖昧さで何かを毒づいていたヒスパヌスが蝋板を重ねて置いて、いま彼に出されている宿題に取り掛かった。これが終わるまでスキピオがずっとここに座っているうえ、部屋を出ていけば告げ口されるものと思って。
時折考えをまとめようと止まる他は、淀みなく手は動いた。出せと言われた日に出さず、幾度か注意を受けてから宿題にとりかかる不真面目さは癖になっているのかもしれない。本当に怠惰なだけならばスキピオの理解が及ばない話なのだが、そんなふうに、人を失望させる少年ではなかろうと思う。記憶に残っていない亡父を慕う、その様子だけでも。
「書き終わったら読ませてくれる?」
「嫌だよ」
「そう? 直してあげられるのに」
上目遣いにちらりと窺われる。愛想笑いも安心させようという微笑もなくスキピオはその目を知らぬふりで流した。
「初陣なんだろ、もうすぐ」
「そうだね」
「心配されてた、泣いて帰ってくるんじゃないかって」
目は合わない。スキピオはどういう反応をするのを期待されているのか分からないから、そう、と返した。その心配なら今しがた話したグラックスの家でもされたんだよ、などと言って欲しかったのかもしれない。それは事実だけれど、ヒスパヌスに教えてやる気にはとてもならなかった。
また続いた沈黙ののち、無愛想に差し出された蝋板を受け取る。初歩的な間違いなどなく、スキピオはただこうしたほうが美しいだろうと思ったことを言った。指さしてそのように言い直してみるとヒスパヌスは存外に素直に頷く。火が近くになかったから、別な蝋板を持ってきてそこに刻みなおすのを、今までよりは少し前のめりになって見守る。いちいち指摘しすぎると癇癪を起こされるだろうかと思って口数は少なくなった。
数度、扉が叩かれたときには、蝋板にはそれなりの作文ができあがっていた。スキピオではなくヒスパヌスが返事をすると扉が開き、少年が顔を見せる。後ろ手に扉を閉めたセラピオは軽い会釈をスキピオに示したが、すぐにヒスパヌスの隣に席を占めた。いつもの位置なのかもしれない。
「父上におまえが説教を食らってるって聞いてきたのに。宿題見てもらってたのか」
「説教ならされたけど終わった。冷やかしに来たって言ったら今度はおまえにお説教が回ってくるぞ」
「助け舟がいるかと思ったんだよ。なあ、アエミリアヌス、マケドニアに行くって?」
頷くと純粋に羨ましがってセラピオがいいなあと大声を出した。
「パウルス殿を執政官にって騒ぎが起きた時から、そうなるだろうと思ったんだ。でも渋ってらしたんだろ、説得したのか」
「しないでいられると思う?」
「思わない!」
「僕ももう十七になる、父上のもとで初陣ともなればこれ以上のものはないとか、いろいろ言ったよ。弟や妹まで凱旋式に出たいなんて言うから……それだけが理由ではないだろうけれどね」
「いいなあ。僕が従軍できるようになるまで何年もあるだろ。父上が法務官なり執政官なりになってくだすってたらいいけど、そうある機会じゃないよな。アフリカヌスもそうだったんだっけ」
積み重ねた蝋板を机の端に追いやり、ヒスパヌスは頬杖をつく。もう勉強の話は終わりということなら、スキピオはこの部屋を出て行ってもよかったが、セラピオの邪気のない視線に引き止められた。
父親によく似た、それでも母親のかたちをなぞっている部分が目につく容姿はもしかすると彼の母方の祖父にも似ているということかもしれない。この屋敷を訪れてすぐ出迎えてくれたナシカの細君は、彼女もコルネリアといったが、妹とは印象の違う女性だった。
「アエミリアヌス、不安じゃないか? まさか父君や兄君の前で失敗なんてできないだろ」
そう言ったセラピオが本当に他意ないらしいことよりも、ヒスパヌスが顰め面をしたほうが、スキピオの気を引いた。
「失敗って、つまり死ぬことでしょう」
「……そこまで言ったつもりなかったけど」
「そうだよ。僕は惨めな目に遭うくらいなら死んだほうがましだもの。だから不安じゃない」
父がいままで派遣された将軍たちのような、恥ずべき敗北を喫するとはひとつも思わない。民衆が騒ぎたて、屋敷に押しかけてまで父に期待をかけたのは正しいことと、スキピオを含めパウルスの子供たちは迷いなく信じていた。
ずっと待っていた日が、ほかならぬ彼のもとでのものである。これ以上のものはないと、大袈裟に言ったつもりはひとつもなかったのだ。誰よりも熱心に父を説き伏せたスキピオに驚いた人はいたかもしれないがそれは、父でも兄でもなかった。
「楽しみなんだ、すごく」
はっきりと言ったのはこれが初めてだった。言ってしまうと胸がすくような心地で、スキピオは少年たちを前に少し笑った。ヒスパヌスはどこかに視線を飛ばしていたけれど、セラピオはまっすぐスキピオを見返し、「意外だ」と呟く。
「聞く話と違う。なあ、ヒスパヌス」
「俺に聞くなよ、知らないよ」
「知らない? なんだ、突然拗ねるなよ。……父上も副官としてマケドニアに行くから、その話もするんじゃないかな。そんで僕とヒスパヌスは、留守の間もアエミリアヌスを見習って勉学に真剣に取り組むようにって言われるわけ」
「僕を見習って?」
セラピオが腕を伸ばして蝋板を取り上げるのを、ヒスパヌスは咄嗟に止めかけたが諦めが勝ったらしかった。
「直してもらったんだろ、これ」
「そうだよ。おい返せよ、まさかおじ上に見せようって言うんじゃないだろうな」
もちろんだと笑顔で頷いてセラピオは立ち上がる。背伸びをして頭上に掲げてしまえばヒスパヌスに取り返すことはできず、スキピオは彼らが遊ぶように諍うのに、やはり弟たちが同じようなことをしていたと思い出した。もしかしてセラピオはこれを取りに来ただけだったのだろうか、父に見せるために?
「ナシカ様は、本当に君たちを気にかけて僕をお招きになったんだね」
「え? いやいや、それもあるけど。グラックスの家に行ったろ?」
「それが、何?」
「あっちに行ったらこっちにも来て欲しいんじゃないのかな。それだけ」
ヒスパヌスの頭を乱雑に押し退けながら言って、セラピオはさっさと部屋を出て行った。追いかけようとしたヒスパヌスが椅子に座ったままのスキピオを振り返り、なにか言いたげにする。「どうしたの」と尋ねても答えはなかった。
「帰ってきたら土産話をしてあげるよ」
隣に並んで弟にするように頭を撫でてみれば素気なく払いのけられたが、あまり憎らしくはなかった。廊下を駆けて行く背中が小さかったというだけのことで。
それに、ナシカが彼の書いたものを褒めてくれたとき、いくらかスキピオが手伝ったのだと最初に言ったのはヒスパヌスだった。不本意そうな様子ではあったけれど礼まで言った彼の姿を、ナシカがいっそう喜んでいたようだったから、スキピオはなんとなく安心したのだった。